【連載】Twitterまとめ - 第2回 サービス企画の苦しみ編(5月3週)
2010年05月27日
サイテック株式会社で、根っからの技術者である社長や、大手IT企業から転職してきた仲間たちと議論しながら、社会をもっと豊かに、幸せにするアプリケーションを作ってみませんか?
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病弱で食も細く、過保護に育てられる。
学校を休みがちで、百科事典を友としていたが、小学校3年生の時に野球がきっかけで俄然健康に。毎日野球とファミコンに明け暮れながら、7歳上の兄がやっていたコンピュータでのゲーム作りにも影響を受ける。国家公務員の父親の仕事の都合で3回も転校。
福島県郡山の中学校で、3年間を過ごした。小学校時代の遅れを取り返し、イケてる優等生になるべく、人が変わったように勉強に熱中して、一気に成績がトップになる。
ただし、親の方針で野球部に入部。ハードな部活動と人一倍の量の勉強を両立させるために、「効率」を意識するようになる。
という、その後の人生を支える3つの大きな礎を得る。
地元の名門、安積高校に入学。勉強と野球に打ち込んだ中学時代とはうって変わり、今度は軽音楽部で活動。ファッションにも目覚める。
また、「自立したい!」という強い欲求のもと、近所の喫茶店でアルバイトを開始。勢い込んではじめたものの、サービス業という「自分の行動をお客さんに決められる世界」で、自分がまったく役に立たないことを思い知らされ、愕然とする。今振り返れば、病弱でわがままに育てられた子供が、世の中は甘いもんじゃない、ということを実感できた、貴重な機会であった。
勉強はまったくしておらず、周囲からは落ちこぼれ組と目されていたが、東京に出てみたい!という強い気持ちから奮起して受験勉強をはじめ、無事、青山学院大学経済学部に入学。
体育会系の音楽サークルで、ひたすら音楽活動に励む。サークルというリアルなコミュニティの中で、さまざまな人と意見交換しながら密な付き合いをするのが、刺激的だった。大学生活を最大限楽しみ、多くの糧を得る。
卒業後、音楽がやりたくてフラフラしていたところ、友人のバイト先でインターネットに出合う。まだテレホーダイが一般的だった時代に、専用線でUNIXを自由に使える環境でサーバ管理者を経験。あっという間にネットの世界にはまる。
当時まだ5,6人のベンチャー企業だった、「デジタルマーケティング」を掲げるガリレオゼストから、某大手ソフトメーカーのプロモーションサイト開発の依頼を受ける。
インターネットに触れ始めたばかりだったが、不眠不休で勉強しながらなんとかやり遂げる。プログラミング自体の面白さに加え、自分が作ったプログラムが動き、人が使うことに感動し、音楽の道はあっさり断念。ガリレオゼストで働くことになる。(ただしこのとき、インターネットの世界のビジネスモデルはまだ理解していなかった。)
この後ガリレオゼストは6,70人にまで成長し、自分もシステム部長として開発現場を率いることになる。
仕事の内容は変わらなかったが、これをきっかけにシステム開発だけでなく、ビジネスへの関心と洞察を深めるようになる。
「デジタルマーケティングというビジネスモデルは時代を先取りしすぎていたのではないか?」
「競合も増えてきた今、現状のままではうまく収益はあがらないのでは?」
という感触を持ちはじめ、自分で新しいビジネスをやってみたい、という気持ちが強くなる。
支援者に恵まれ、セプテーニのグループ会社として、サイテック株式会社を立ち上げる。
ネット広告やネットマーケティングを最新のテクノロジーを用いて進化させることをミッションとして、頼もしい社員たちとともに、全力疾走中。
メンバー紹介
2010年05月27日
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